4月から彼氏の家に転がり込んでいる。とはいえ、私の家は維持したままなので、二拠点生活だ。さて、生活を始めて1.5ヶ月程度経った気づきを整理したい。書いてみたら思った以上に生々しくなったので、マイルドにして、一応本人の許可は取った上で挙げてます。
認知リソース
先に言っておくが、この件で彼への評価が下がるわけではない。「そういう人だ」という認識であり、問題は善悪ではなく、「どう運用していくか」だと思っている。 また、彼側から見れば、私に対して思うことや、扱いづらさを感じる部分もあると思う。これはあくまで、共同生活をしてみて私側から見えた一視点の整理である。
彼は、自分が集中している対象には驚くほど深く没頭できる。一方で、それ以外のことは悪気なく後回しになりやすい。というより、そもそも頭から抜け落ちていることも多い。私はその気質を理解しているし、彼の仕事柄、ある程度そうでなければ成立しないのだろうとも思う。そして、それは彼の魅力の一部を形作っているものでもある。
一方で、私はどちらかというと、生活全体の流れや小さな変化を広く拾ってしまうタイプだ。誰が困るか、どこに負荷が偏るか、このままだと何が起こるかを、無意識に考えてしまう。だから、一緒に生活をしていると、「どこに自然と認知が向くか」の差はやはり見えてくる。
例えば、家事、備品管理、生活の小さな歪みの調整など、誰かが拾わなければ止まってしまうものを、結果として私が処理しがちである。ただ、この感覚は少し説明が難しい。私は「もっと家事をしてほしい」と言いたいわけではない。もちろん負担の偏り自体も存在するのだが、それ以上にしんどいのは、「相手が強く認知していない領域のコストを、結果として私が引き受けやすい構造」だと思う。
しかも、その「気づく対象」の中には、私自身も本来そこまで認知リソースを割きたくないもの、割くことにあまり意義を感じていないものも多く含まれている。例えば私は、皿洗い自体にはほとんど価値を感じておらず、一人暮らしなら普通に紙皿を使っているタイプである。
もし私が専業主婦だったり、仕事量を大きく抑えているのであれば、それも含めて役割分担として理解できる気がする。しかし実際には、私もフルタイムで働いており、年収もほぼ同程度だ。そう考えると、生活インフラ側の認知負荷を私が大きく担い続ける状態には、少し不均衡さを感じている。
4月末ごろに、「こういう部分で負担が偏っている」と言葉にしてみることにした。ただ、その結果、認知リソースの向き方が変わるわけではないと分かった。これは多分、「少し配慮してもらう」ことで解決する問題ではない。本人の努力不足というより、物事への意識の向き方そのものの差だと思った。
この傾向は、生活インフラだけでなく、プライベートの予定調整などにも表れている。私は流動的で自由な人間なので、対私との約束であれば、彼の認知リソースが向いた時に決めてもらえばよいと思っている。(まあ、彼の気が向くまで私が頭の片隅に置き続けないといけない状況は気持ちよくないが。)ただ、そのテンポ感を他者にも適用されると、少し困る場面もあるだろうとは感じる。世の中には、早めに予定を確定させないと動けない人もいるし、現に私の親はかなりそのタイプだ。
色々と書いたが、「どちらが正しいか」という話ではない。彼はその分、一つのことに集中して大きく成果を出せる人であるし、私自身も、細かく管理されず自由に過ごせることに心地よさを感じている。だから今は「相手を変えること、配慮してもらうこと」よりも、認知の偏りを前提に生活側を調整することの方が重要なのだと思っている。
例えば、
・期限を明確にする
・認知コストそのものを下げる
・作業負荷を仕組みで減らす
・気づいた人が無限に抱え込まない構造にする
など、生活側を調整していく形を取ろうと考えている。
まぁでも
実際のところ、認知リソースの問題以外は特に大きな不満はない。しかも、その認知リソースの件も、私にとっては「想定内」の範囲ではある。だからこそ、根本的に相性が悪いというより、「どう運用するか」の問題なのだろうと思っている。
人と暮らすことは、もっとイライラしたり、相手の存在自体が嫌になったりするものなのかと思っていた。しかし今のところ、少なくとも私はそこまでの感覚にはなっていない。この状態が成立しているのは、彼が私のわがままをかなり受け入れてくれていることや、日常的な気遣いがあってこそなのだとも理解している。そもそも私自身、かなり独特で面倒な人間ではあるので。
あと、認知リソースの件も含め、結局は「相手を大切に思えるか」がかなり大きいのだなとも感じた。ある程度相手を大切に思えているからこそ、向き合おうとも思うし、「まぁいいか」と許容できる部分も増える。極端な話、「この人と過ごす時間が好きだ」という感覚は、共同生活においてかなり強力な免罪符だなと(笑)
今後どうしていくかはまだ分からない。ただ、二人暮らしをしてみたこと自体は、私にとってかなり良いきっかけになっている。


























































