ふーみんみん

日記。

共同生活と認知リソース

4月から彼氏の家に転がり込んでいる。とはいえ、私の家は維持したままなので、二拠点生活だ。さて、生活を始めて1.5ヶ月程度経った気づきを整理したい。書いてみたら思った以上に生々しくなったので、マイルドにして、一応本人の許可は取った上で挙げてます。

 

認知リソース

先に言っておくが、この件で彼への評価が下がるわけではない。「そういう人だ」という認識であり、問題は善悪ではなく、「どう運用していくか」だと思っている。 また、彼側から見れば、私に対して思うことや、扱いづらさを感じる部分もあると思う。これはあくまで、共同生活をしてみて私側から見えた一視点の整理である。

 

彼は、自分が集中している対象には驚くほど深く没頭できる。一方で、それ以外のことは悪気なく後回しになりやすい。というより、そもそも頭から抜け落ちていることも多い。私はその気質を理解しているし、彼の仕事柄、ある程度そうでなければ成立しないのだろうとも思う。そして、それは彼の魅力の一部を形作っているものでもある。

一方で、私はどちらかというと、生活全体の流れや小さな変化を広く拾ってしまうタイプだ。誰が困るか、どこに負荷が偏るか、このままだと何が起こるかを、無意識に考えてしまう。だから、一緒に生活をしていると、「どこに自然と認知が向くか」の差はやはり見えてくる。

例えば、家事、備品管理、生活の小さな歪みの調整など、誰かが拾わなければ止まってしまうものを、結果として私が処理しがちである。ただ、この感覚は少し説明が難しい。私は「もっと家事をしてほしい」と言いたいわけではない。もちろん負担の偏り自体も存在するのだが、それ以上にしんどいのは、「相手が強く認知していない領域のコストを、結果として私が引き受けやすい構造」だと思う。

しかも、その「気づく対象」の中には、私自身も本来そこまで認知リソースを割きたくないもの、割くことにあまり意義を感じていないものも多く含まれている。例えば私は、皿洗い自体にはほとんど価値を感じておらず、一人暮らしなら普通に紙皿を使っているタイプである。

もし私が専業主婦だったり、仕事量を大きく抑えているのであれば、それも含めて役割分担として理解できる気がする。しかし実際には、私もフルタイムで働いており、年収もほぼ同程度だ。そう考えると、生活インフラ側の認知負荷を私が大きく担い続ける状態には、少し不均衡さを感じている。

4月末ごろに、「こういう部分で負担が偏っている」と言葉にしてみることにした。ただ、その結果、認知リソースの向き方が変わるわけではないと分かった。これは多分、「少し配慮してもらう」ことで解決する問題ではない。本人の努力不足というより、物事への意識の向き方そのものの差だと思った。

この傾向は、生活インフラだけでなく、プライベートの予定調整などにも表れている。私は流動的で自由な人間なので、対私との約束であれば、彼の認知リソースが向いた時に決めてもらえばよいと思っている。(まあ、彼の気が向くまで私が頭の片隅に置き続けないといけない状況は気持ちよくないが。)ただ、そのテンポ感を他者にも適用されると、少し困る場面もあるだろうとは感じる。世の中には、早めに予定を確定させないと動けない人もいるし、現に私の親はかなりそのタイプだ。

色々と書いたが、「どちらが正しいか」という話ではない。彼はその分、一つのことに集中して大きく成果を出せる人であるし、私自身も、細かく管理されず自由に過ごせることに心地よさを感じている。だから今は「相手を変えること、配慮してもらうこと」よりも、認知の偏りを前提に生活側を調整することの方が重要なのだと思っている。

例えば、

・期限を明確にする
・認知コストそのものを下げる
・作業負荷を仕組みで減らす
・気づいた人が無限に抱え込まない構造にする

など、生活側を調整していく形を取ろうと考えている。

まぁでも

実際のところ、認知リソースの問題以外は特に大きな不満はない。しかも、その認知リソースの件も、私にとっては「想定内」の範囲ではある。だからこそ、根本的に相性が悪いというより、「どう運用するか」の問題なのだろうと思っている。
人と暮らすことは、もっとイライラしたり、相手の存在自体が嫌になったりするものなのかと思っていた。しかし今のところ、少なくとも私はそこまでの感覚にはなっていない。この状態が成立しているのは、彼が私のわがままをかなり受け入れてくれていることや、日常的な気遣いがあってこそなのだとも理解している。そもそも私自身、かなり独特で面倒な人間ではあるので。
あと、認知リソースの件も含め、結局は「相手を大切に思えるか」がかなり大きいのだなとも感じた。ある程度相手を大切に思えているからこそ、向き合おうとも思うし、「まぁいいか」と許容できる部分も増える。極端な話、「この人と過ごす時間が好きだ」という感覚は、共同生活においてかなり強力な免罪符だなと(笑)


今後どうしていくかはまだ分からない。ただ、二人暮らしをしてみたこと自体は、私にとってかなり良いきっかけになっている。

2025→2026

2025:総論

今年は本当にしんどい一年だったが、自分を見つめ直し、周りの人の愛を感じ、掴むべきものは掴めた一年だったなと思う。

ライター・書籍デビュー
2025年1月に正式にライターとしてデビューした。その後、色々とご縁があり某旅行誌の取材をし書籍デビュー、出版イベントに登壇までさせていただいた。ライターデビューから半年でこのような機会がいただけるとは思ってもおらずびっくりしている。人生は進むときはトントンと進むなぁと実感した出来事だった。今は友達らと取材班を結成したりイベントに参加をしたりしている。また媒体(書くこと)にとどまらず動画を投稿してみたり、店のチラシ作りやSNS立ち上げをしたりもして謎の活動家になりつつある。

色々な機会が得られたライター活動だが、一番の収穫は私を拾ってくれた代表との出会いだ。代表は緩い性格であるが、言語化しがたい深み・味わいのある方で色々な経緯があって今のスタイルなのだなと察する部分がある。そんな代表は文章を調整する過程で人生観、マインド、物の眺め方など、私にもわかる形で惜しみなく色々と教えてくれている。最近は創作欲よりも彼とのやり取りを楽しみに文章を書いている節もある笑

ここ3年くらい「懐の深い大人」になりたいと思っている。私自身は拘りが強く、本質的には許容度が狭いので選民し(自由にやらせて問題がない人を集め)、最終的に私が巻き取る覚悟で寛容さを演出している。代表を見ていると、集まってきた人のやりたいことを好きにやらせて、カオスを受け入れつつ、全体的にWINWINにしていく、自分のコストを下げれるところは下げる、地雷は踏まないをナチュラルにしている感じがある。この境地に至るのには経験や寛容度が必要なので短くともあと10年はかかりそうだが。ライターの活動はアンコントロールになれる良い機会だとも思っている。今年は苦しい一年であったが、こういった新たな可能性を感じられたのは良かった。来年以降も頑張っていきたい。

◯中国渡航

今年は3回も中国渡航をした(1月:広州、深圳、順徳、3月:瀋陽、9月:西安、北京)。自分でもびっくりだ。出向中でないと好き勝手休めない/定期的に仕事から離れないとストレスが大変だったため(コロナ禍に超節制したのを言い訳に)出費は気にせずに行こうと思い渡航した。前述したライター業も兼ねて渡航したので、渡航後にも記事を書くというサイクルができ、1回の渡航で2ヶ月は楽しめたので、結果的なコスパはとても良かったと思っている。特に9月は母親と2人で渡航し、去年目標にあげた「親との時間」を確保できたのは嬉しかった。本来は中国渡航についてあれこれ書くはずだが、ライター業や旅ログを書き起こしているため執筆欲が残っていない。中国渡航に関しては来年の春節に親友のご実家に滞在して一区切りかなと思っている。

◯体調
今年は厄年じゃないかというレベルでずっと病院に通っていた。まだ残作業が続いているので今年度中は病院通いとなりそうだ、先生も私もお手上げ状態でもういい加減にして欲しい笑。今回の体調不良は環境が悪く(状況が最悪である、相手に非がある)それらが影響しているのは間違いないが、自分の気質、例えば、こだわりが強い性格、あれこれ察して考える性格、曲がったことや理不尽が苦手な性格、言葉や思いを大切にしすぎる性格等が悪化させていると感じるところは大きい。結局のところ体調を崩して損(迷惑)をするのは私や私の大切な人たちだなとも感じたし、この生き方はどこかで破綻するなとも感じている。仕事の幹部から「この仕事は抗えないものは多いからありのままを受け入れる、体幹を鍛えられるとよいね」と言われたことが記憶に残っている。「生き方・思いを貫く」は自分の行動指針の中でも上位に来るが、いつの間にかそれらを持ちすぎて柔軟性を失っているとは感じている。思いのない人間にはなるつもりはないが、100ある拘りを99に減らせるとよいな、生きやすくなるんだなと感じている。まだ沢山の葛藤、諦めがついていない部分、理不尽があるけど、少しでも自分が生きやすいようになれるとよいなと思っている。

◯仕事
出向生活を続けた。もう心身リソースを割いていないため、コメントが全く浮かばない。今年の春までは優先度が高くあれこれ考えていたが、切ると決めた瞬間に非情なまでに優先度を下げれてしまう(それが人に対してもできる)のは自分の怖い部分でもある。まぁ、優先順位が下がりリソースを割く対象でなくなっただけで、要求以上のパフォーマンスはだしているし、対人関係も上手くポジション取りできていると思う。来年の目標は、任期でしっかり帰還すること。

本業ではメディア対応が多い一年だった。(会社の名前を使っているが)趣味でやっているため反響があり面白いなと思うと同時に周囲からの続報への期待が高まりすぎていて趣味の域を超えていると感じている。出向しても対応するのはおかしいが、自分で蒔いた種なので責任を持たないととも思っている。

◯進路検討
体調がどん底だったときに「成るようになれ!」と思いワーホリビザを滑り込みで申請し、再度海外企業へのアポイントをとった。去年は海外転職は諦めて出向するか~と思っていたので、去年の私が見たら驚くだろう。本当は11月に全て捨てて渡航しようと思っていたが、体調が悪化して治療が必要となり先延ばしにしている状態である。この件はもう3年は悩んでいて疲れ切っており、何より治療が落ち着くまでは厳しそう(考えても無駄)なので、とりあえず年末までは思考停止をしている。ビザの有効期限は来年9月末なので最悪年度末からいければよい(そこから延長すればよい)かなとも思っている。年が明けた時に考えたい。

◯対人関係
昨年が対人関係の入替え期だったこともあり、長期の関係をこれまで同様に大切にしつつ、入れ替わった人たちと深みをだしていく一年だった。暇な出向生活のおかげで時間を十分に確保できて新規メンバーを長期ラインに移行できたのでOKだ。来年以降もなんやかんやで今いる人とゆるっと付き合うことになると思っている。友達関係には流動性を持たせた方がよいとは思っているが、私が抱え込める友達枠の残はないし、今の人たちに愛はある(こだわって集めている)ので動かすつもりもない。とはいえ、椅子が空いた時に次の人がさっと見つかるとも思えないので、閉じこもりすぎずセンサーはめぐらしておいた方がよさそうと考えている。

今年のサブ目標で「ポップな知人を増やす」というのがあった。私の周りは重く深い人ばかりなので、何も考えないでその場を楽しめる相手を作った方が健全かなと思った次第だ。深い話や相手の価値観に触れずに付き合うのは好きではないが、「そういうものだ」「アトラクションの一種だ」と割り切ってラフに愛想よく振舞うことを意識した。意外とすんなりとポップな知人は増え、よく行くお店の店主や店員、ライター活動で知り合う人たち、音楽友達、アパートの住民、ヨガの先生や生徒、(利害関係がない)会社の人、友達の友達など顔合わせれば立ち話をできる関係が増えた。いい具合で雑な会話ができるだけではなく、近所の情報が手に入ったり、思わぬ機会が生まれたりすることもあり、ポップな関係も悪くないとも思った。来年も主たる関係性を疎かにしない程度にポップな関係を持ちたい。

また進路検討の一環として婚活を3週間してみたりもした。その過程で、何を血迷ったのか人と付き合うことになった。今回の活動は海外に行く前に結婚等の立ち位置を整理するためだったので、何故そうなったかは分からないが、ここ5年で会った人の中で最も「何とかやっていけそう」と直感的に思えた人とたまたま出会い、この相手をスルーするとこの試行は数年はできなさそうだ、せっかく時間を費やしたしやれるところまで試行しないと…あたりの気持ちをまとめた結果だと分析している。いつまで続くかは怪しいが、選択した以上は責任を持つので、続く限り来年も主たる関係になる予定だ。今のところ何とかはなっている。個の関係を切り売りするのは私のポリシーに反するのでこれ以上は言及することはないと思う。

2026:決める年

来年は「決める年」になりそうだ。海外に行くか、引越するか、出向先から戻ったらどうするか・・・などなど、今年先延ばしにした話をパパっと決める感じになりそうだ。何となく着地点は見えているが、自分の心に従いながら、言い訳のない選択、自分と大切な人たちが幸せになれる選択にしていきたいと思う。そして一刻も早く体調を回復させたい。

 

【ライブ記録】I see starsとSTARKIDSワンマンは体調・精神不良で流しました、残念。

  • 5/7   Bloodywood 名古屋
  • 5/8   Bloodywood 東京
  • 8/10  アイリフドーパ(逆ドーパの日)
  • 9/12  lilbesh ramko x STARKIDS
  • 9/17  Asstoro
  • 10/28 IC3PEAK
  • 11/20 Peterparker69✕長谷川白紙

2025年3月 瀋陽旅行記(朝市:小河沿早市)

小河沿早市


瀋陽東部にある朝市。全長390m。観光客の割合が高く、人も多い。野菜、果物、魚介類、朝食から衣類、靴帽、バッグなどが売っている。東北名物からオーソドックスな朝食まで作りたてで美味しいものが購入可能。営業時間は4-8時。

栗餡の油炸糕。衣がサクサクが表面は揚げたてのコロッケを食べているよう。噛むともちもちの食感と温かい栗餡が出てきます。中身の食感は日本の芋餅に近いなと思いました。

東北伝統の小豆入りのお饅頭、粘豆包。紫蘇で巻かれて蒸されていました。(私は紫蘇が苦手なため食べず)

回族料理の回头と羊のスープ。私は前入りした際に食べたので親友が食べるのを見守りました。回头は餃子のように店によって個性があるな〜〜と眺めていました。

蒸し立ての花巻、餅米焼売、肉まんなど。その場で調理されているものが多いのでみているだけでもワクワクします。

中国定番朝食、揚げたての油条をあったかい豆乳に浸して食べるのはとても美味しい。

(沈河区万泉街3号,西至沿泉路煤苑巷7-1)

 

 

2025年3月 瀋陽旅行記(建物:瀋陽故宮、张学良旧居、沈阳天主教堂)

瀋陽故宮

 初期清朝の皇宮で世界遺産。展示の解説文は日本語もあり。下の写真は入口の様子。外国人はパスポートを見せてチケットを購入。平日朝9時だったこともあり見学はストレスなくできました。

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瀋陽故宮は沢山の建物で構成されており、大まかに中路、西路、東路の3つのブロックに分けることができる。中路を見たのちに東路側を見て西路側を見ると満遍なく見ることができると思う。中を見ることができる建物も多く、当時利用されていた生活品等の展示もされているため、じっくり見ると時間がかかる。我々は駆け足で見て1時間半程度かかった。親友母は「北京故宮と比べるととても小さい!」と幾度も言っていたが、私から見たら十分広い。因みに訪れた時には大政堂が工事中で足場、工事シートが掛けられており外観や中をよく見る事ができなかった・・残念。
鳳凰楼>皇帝の妃が非公式の宴会や読書をする場所。

「后妃生活用品展」での展示品。こんな感じの展示が複数あった。

建築で特に印象的だったのが鮮やかな緑瓦。建物内部は丁寧な彫りが施されていました。

中国観光地に行くとイケてるポージングをする人を囲み写真を撮る集団をよく目にするが、今回は中国人集団に1人混じって行ったので、その集団になりました(中華式観光を初体験しました)笑。撮られる側のポージングが豊富なのは勿論ですが、撮る側が場所を決めて、如何に被写体を自然体・素敵に撮るかを競っていることを知り、中々面白かったです。写真が得意ではない私は一年分の写真を撮られた気分です。

その他、瀋陽故宮周辺の写真。故宮周りは中国の観光地でよくある(定番?人気?)な貸衣装の勧誘が多い。今までに行った省と比較して押しが強い、並走してきて笑ってしまった。これは貸衣装に限らずだが、瀋陽の人は日本で言うと大阪人で距離が近く、グイグイくる、トークが面白い人が多い印象を受けた。

(辽宁省沈阳市沈河区沈阳路171号)

张学良旧居

張作霖・張学良父子の邸宅跡。旧居のみなら18元、愛人の趙一荻の居間+金融博物館のセットチケットだと49元。旧居を訪れるのにあたり、歴史は勿論だが彼のロマンス(色恋)が面白いと思うのでさらっと触れておくとよい。

入口を抜けると中は三進四合院の作りとなっており、オフィスやお客のおもてなしの場等が広がる。蝋人形で当時の様子の再現もなされている。

<大青楼>張作霖・張学良父子の居住兼仕事場。1918~1922年建造。青いレンガが利用されているから大”青”楼と名付けられた。3階建で階段移動、結構急(笑)部屋の大半は解放されており、一部改装により張学良夫妻のハワイでの居室の再現や、彼の晩年の写真等の展示がなされている。

西洋建築がベースであるが中国要素が混ざり独特の雰囲気。室内の中華テイストの彫り(装飾)や色使い、絵画が特徴的で一般的な西洋建築ではないのが面白い。日本のこの手の建築は和式別宅を作ることが多いので、ここまでの混合テイストを見たのは初めてかもしれない。

以下の部屋は虎の部屋と呼ばれ、楊常事件が起きた部屋として有名。

<小青楼>張作霖が一番(笑)愛していた第五婦人の邸宅。こちらも中華風西洋建築。女性らしい内装、素敵な家具が揃っている。

(辽宁省沈阳市沈河区朝阳街少帅府巷46号)

 

沈阳天主教堂

カトリック教会。東北地方でも最大の規模の教会。入場無料。参観時間は9-11時、13時30分ー16時。入口は門が開放されており入りやすい。建物は外からの見学のみで中には入れない(と思われる)。ドイツのケルン大聖堂と比べてしまうと小さいが、十分に大きい。中国の街の中に突如現れる教会を楽しめる。

(辽宁省沈阳市沈河区小南街南乐郊路40号)

2025年3月 瀋陽旅行記(西关エリア、老四季)

西关美食街

中国のイスラム教徒(ムスリム)の少数民族である回族のレストランが集合するエリア、回族にとって神聖な色である青を基調とした店が多くエリアは青一色。中国といえば赤のイメージが強かったので不思議な感覚。路上には羊串や馅饼等が並び良い匂いが漂う。このエリアは回族の居住区でもあり回族の小学校や幼稚園等も近隣にある。

西关小渔村(清真路店)

西关美食街にある回族レストラン。手前の席だったため奥行きが分からないが、中にも席が多くあった。

日本のガチ中華でもお馴染みの羊串。臭みがなく、脂が甘い。

羊の臓物のスープ。肺、腸、心臓等がたっぷり入ったスープは特に味付けがされておらずシンプルで優しい味付け。塩や胡椒、ラー油等をお好みで足していただきます。現地の人は塩胡椒がおすすめとのこと。肉や小麦が多いので口と身体が休まりました。

回头(羊餡)は小麦粉の皮に羊餡を包み平鍋で焼いたもの。皮が薄く、肉がぎっしりと詰まっています。スパイスの癖はなく餃子を食べているような感覚。おすすめの食べ方は酢と生ニンニク。お店の人にお願いすると丸ごとニンニクが出てくるので剥いて一緒に齧りながら食べる。ニンニクの辛さが肉の脂を引き締めてくれるので味にまとまりが出ます。

焦熘胸口は牛肉に衣をつけて揚げソースで絡めた料理。衣は薄く、肉の旨みを閉じ込めてくれます。ソースは醤油っぽさのある甘辛ソースで酢豚を想起しました。

西关回民风味街

西关美食街を出て道を渡ってすぐにある市場。生肉や加工肉(熟肉等)を中心とした回族料理で使われる材料がずらっと並んでいる。

 

老四季

現地でお世話になった李さんから瀋陽に来たらぜひ食べて欲しいソウルフード(ヌードル)として紹介いただいた老四季。瀋陽に沢山のお店の支店があり24時間営業の店も。

22時ごろに行きましたが仕事終わりの人たちと思われる人たちで賑わっていました。鸡汤面は一杯5元とリーズナブル。

李さんからは麺だけではなくスープの出汁をとった鶏架(鶏ガラ)も有名!と言われてたのでこちらも注文。横にいたお兄さんと店員さんが鶏架の調味料として榨菜(香草とザーサイ)も食べなきゃ!と教えてくれたので榨菜も追加しました。

鸡汤面は麺は打ち立てでコシがありツルツル。スープは透明感があり優しい鶏ベースの味。
鶏架は中々の迫力に食べ切れるか心配になるサイズ感。手袋を使いながら身をほぐし榨菜と辛味を混ぜたつけだれと和えながらいただきました。塩味の効いており、可食部が多く肉質も柔らかく軟骨、肉色々な味が楽しめてこれは美味しい。出汁をとった後とはいえ鶏の旨みはしっかり。鶏肉だけでも美味しくいただけますが、榨菜で食感や香りをプラスされて良い。搾菜に辛味を入れるのが推奨されていますが、何も入れず搾菜プラス鶏で食べるのもさっぱり、塩味が抑えられておいしいです。(辽宁省沈阳市沈河区文萃路与文萃路57巷交叉口东60米)

2025年3月 瀋陽旅行記(西塔エリア)

西塔エリア

瀋陽にある朝鮮民族のエリア。韓国系スーパーや飲食店が並ぶエリア。

キムチ、マッコリ等、朝鮮(韓国)系の料理が並んでいる。急に韓国に来た気分。

日本のガチ中華のように独自の進化を遂げている中華風韓国料理なども見られる。下のお店はいなり寿司の上に中華おかずが乗った軽食を提供するお店だ。絶対に韓国料理ではないおかずが乗っているのは面白い。私は韓国料理・文化に詳しくないため解像度高く理解できなかったが、韓国料理との差異を見るのも楽しいと思う。



姨姆紫菜包饭

韓国系軽食販売。お菓子、キンパの販売をしている。このお店の1番人気が「爆浆玉米仔」。とうもろこし粉で作られたカステラの様な生地で中からは熱々のトロトロのミルクチーズソースが出てきます。

(辽宁省沈阳市和平区图们路82号1-1-2)

 

金家烤鳗鱼

韓国料理で有名な焼肉、中華風韓国焼肉では「中国鰻」も焼きます。この鰻を食べたくてタクシーの運転手さんに教えてもらったのが金家烤鳗鱼。

入口には大きな鰻の水槽。

単品(冷麺、鰻)を頼むつもりでしたがセットの方が安かったためセットで。鰻、マッシュルーム、お肉、ソーセージ、前菜がセット。前菜はおかわり自由。鰻は頭の部分はスープにしてもらえます。

 

炭火焼きでお店の人が全て丁寧に焼いてくれます。焼肉後は臭いが心配ですが煙をすぐ吸引するシステムになっているため、臭いの心配も不要でした。

鰻を焼いた料理なため特段な感想はないですが、脂のりが良い鰻で美味しくいただきました。友人は鰻を焼く文化が新鮮だと言っていたが、地元(愛知県三河地方)は鰻の産地で鰻を白焼としてワサビや塩で食べる機会が多く(文化が)ありそれに近いものを感じました。(辽宁省沈阳市和平区西塔街85号甲1(36)1层)

 

西塔

延寿寺と呼ばれる。真っ赤で鮮やかな門を抜けると白い塔が見られる。晴天だったため建物の色がとても映えて綺麗であった。建物自体はチベット仏教のような感じもする、入場は無料、こじんまりとしているので見やすかった。

(辽宁省沈阳市和平区北市场街道市府大路25号)

書きたいことの詰め合わせ

ライターが忙しくて自分の文章を書く時間がなかったが、やっと時間が取れたので最近のトピックを。自分ログです。

 

【体讕】

このブログを書いた後、色々と大変だった。

mikomikotama.hatenablog.com

体調に関しては、大学病院で怪しい箇所が見つかった。これまで散々検査をしてきて異常がなかったので、大学病院はお金と時間の無駄だと思っていたのでびっくりだ。正直なところ、名前のある病に正式に分類されたのは安心した。とはいえ、(発端は判明したが)今の痛みの原因は不明&長期化により症状が複雑になっているとのことで、大学病院預かりとなり結構な頻度で通院をしている。町医者は休職等でストレス源から離れることを勧めてきたが、今の医師は痛みに意識を向けないことを勧めてきており、寧ろ社会活動は続けた方が良いという見立てだ。この辺は医者の思想だと思うし、どちらも一理あるが、言われることがブレると疲れる。とりあえず薬などもリセットし、認知行動療法も取り入れながら、何の薬が効いているかを見つつ痛みを分解していく作業になるらしい。もう諦めもついて自分にとってはどうでも良いことになりつつあるが、痛みがぶり返して薬も効かなくなると大学病院で手術だし、仕事を早抜けする良い口実なので、いい感じで大学病院と付き合っておこうと思っている。

 

【進路】

今年の春ごろ、(主に体調面で)この職場での先は長くなさそうだと思い、ワーホリビザを滑り込みで取得し、以前アポイントを取っていた社長さんに連絡をいれて、状況を説明しビザを取る旨、行く際は働かせてほしい旨をお願いした。一年前にビザ取得は諦めたはずだったので、まさか一年後、出向中に取得するとは思わずびっくりだ。

7月末までは体調もどん底渡航以前の問題だったが、急に体調も落ち着いて、さてどうしようかと悩んでいる。体調問題の過程で仕事のストレスはだいぶと解消されて、環境から逃げたいという気持ちは薄れてしまった。まぁ、仕事はつまらないが、給料はよく暇なので、わくわくはしないが、そこさえ諦めがつけばと思っている。今残るの渡航のモチべは、(もう4年以上は持っている)純粋に行きたい気持ちと、この環境で惰性的に生きることへの罪悪感だ。

現状、治療や準備の都合でビザ期間のフルフルの渡航は厳しい。まぁ、延長も視野に動けば良いし、11月から行ければ自分の中では問題ないと思っている。行くなら今月末に会社に辞めます、アパートを退去しますと言わないといけないから、腹を決めないと。こうやって文章を書いているとやはり行きたい気持ちが強いが、今このタイミングで行くべきかがよく分からない。この件は準備を進めているが、今時点では自分自身がどういう選択をするか分からない。

因みに出向はほぼ正式に延長要請がされた。さすがに今月に辞めるか悩んでいるとは言えなかったのでお茶を濁した。

 

【リハビリ】

ここ半年くらい、自分の“こうあるべき"や"許容できないこと"を捨てないといけない場面が続き、「生き方のリハビリをしている」という感覚が強い。自分ルールを手放した直後は抵抗感や恐怖心が強いが、意外と慣れて身も軽くなり驚いている。結局、"こうでなければならない"は無いのだと痛感する。

"こうあるべき"や"許容できない"の根底には、傷ついた過去や自分を守るためにせざるを得なかったことがあると思っている。私の場合は、地元時代の閉鎖的な環境と、薬中からの自己崩壊が効いていると思う。特に自分がアンコントールになること、他者と関わることに紐づく拘りは人一倍多いと思う。他にもいろいろとあるが自分が直したい点は前述の2点かなと。

またこのリハビリは身体の向き合い方に近いと思った。自分を庇うために変についた筋肉、動かさず固まってしまった関節を整えることで可動域を戻していく感じ。偏った体はパフォーマンスが落ちるし、怪我もしやすいしね。首が痛いけど、悪いのは腰だったみたいなこともあるから特定のポイントに固執しすぎない方がよいのかなとも思っている。

偉そうに書いてきたが、手放す以外が出来ない状況で半強制的/他者に背中を押され介助付きでリハビリしている感が強い。自分が弱く臆病だと思うと同時に、そういう機会をくれる場や受け止めてくる他者には感謝をしている。アラサーになってもこんなことで悩む不器用な人間になるとは思ってなかった(笑) もう少し自分にも他者にも寛容な生き方ができるようになりたいので今後もリハビリは続きそうだ。

 

 

以下、リハビリ中の気づき。結局私の悩みは他者との共生に行きつくなと。入れる場所を悩んで消すのも勿体無いからそのまま貼り付けます笑。

 

自分で自分を孤独にしているなと感じる場面は多い。人との距離感など、自分には無理と決めつけたことが、いざやってみると(譲れないラインはあるが) 思い込みだったなと思うこともある。思い込みには、過去のあれこれに加えて、自分を含む人を信頼してないのもあると痛感している。対人関係は双方的である必要はあるが「自分がどう思うか、感じるか」が心理的には大きいと思う。相手や加減は要検討だが、相手も自分も信頼していかないとダメだと。とはいえ、これは私にとっては難しいことではある。関係性構築に時間がそれなりにかかる上に、時間では解決できない点、例えば、相手との相性や思考の方向性などもあるので。だから、自分の問題に気づけるきっかけをくれる関係があるのはその角度で対人関係ができているとも言えるから、幸せなんだろうなと。

あと人と行動を共にしてみて、思わぬところに拘りがあるのだと気づかされる。友達からは「全般的にこだわり強いよw」と言われるし、まだまだ自分の気づいてない拘りが沢山あるのだろうなと思う。まあ、自分の信念を曲げたり、他者に依存したりするつもりはないが人と生きていきたいよね。